〈vol.1〉楠わいなりー【楠茂幸】さんインタビュー

第一線で活躍する先人たちは、どんなターニングポイントを迎えてきたのか。どこのサイトにも掲載されていないであろう、ワイン造りを目指したきっかけとワイナリー設立までの経緯をご紹介します。記念すべき第1回は、楠ワイナリー代表の楠茂幸さんにお話をうかがいました。

 

20年以上に渡って航空機のリースのお仕事をされていた楠さん。

ターニングポイントを迎えたのは楠さんが44歳の時。サラリーマンだと個人としての業績が目に見えないこと、最終的な決定権がないこともあって、これからのビジョンが明確に見えなかったといいます。

ただ、漠然と残りの人生はやりたい事をやりたいと思ったそうです。それから、自分がやりたい事とは一体何なのかを真剣に考えるようになりました。

理系出身の楠さんは、「サイエンスをベースに自分の手でものづくりをしたい、何かを形に残したい」という考えに行き着きました。「自分がつくったもので誰かを喜ばせたい、そして、それがやりがいにつながる」と思ったそうです。音楽や芸術にも憧れがあったといいますが、自分にはその才能はないと考え、可能性のひとつとして浮上したのがワインでした。

仕事上、トップの方達と食事をする機会が多くあった楠さんは、その食事会でのワインを選ばなければならないことも多く、ワインについて独学で勉強をしていたそうです。

ある時、「ワインのうんちくというのは、誰かの受け売りであって、自分が検証した訳ではない」と感じ、ワインのうんちくを話している自分が嫌になってしまったんだとか。

 

「誰かの受け売りではなく、自分自身でしっかりとワインを極めてみたい」「ワイン造りこそが、サイエンスに基づく芸術である」という考えに至った楠さんは、「ワインにはこれからの人生でやりたいことがすべて詰まっている」と直感し、ワインを造ることが徐々に大きな情熱へと変わっていったといいます。

 

自然の中での生活。というのも、今後の人生を考える上でのキーワードになっていました。仕事でシンガポールに10年住んでいたそうですが、シンガポールは四季がない国だったので、四季折々の旬の食材を使った美味しい料理を楽しみたい、そして、それをかなえられるのはやはり日本しかない。と思うようになっていきました。

▲シンガポール/スカイライン

 

シンガポールから帰国したことをきっかけに、さらにブドウ造りを真剣に考えるようになった楠さん。今から20年後の未来を想像した時、ふと日本ワインを飲んでいる2つの自分の姿が浮かびました。

ひとつは、結局ワイン造りをしなかった自分。そして、もうひとつは、ワイン造りの道に進んで「あの時の自分には先見の明があった」と振り返っている自分…

これまで生きてきて後悔の連続だったという楠さんですが、「今、ここでやらなかったら20年後に後悔するだろう…どこまでできるか分からないけど、とにかくやってみよう」という想いが背中を押してくれたといいます。

 

そして、ある本との出会いも楠さんのワイン造りを後押ししてくれたそう。その本には、たった10ヘクタールの畑でも十分経営は成り立つという趣旨のことが書かれていて、「1億円あればワイン造りができる、少し無理をすれば自分にも手が届くかも」という希望が湧いたそうです。

▲楠さんの運命を変えた1冊

 

ついに、ワイン造りへの決意が固まった楠さんは、オーストラリアに渡り、オーストラリアの名門校アデレード大学で2年間、ブドウ栽培やワイン醸造に関する知識を学び、日本へ帰国。生まれ故郷でもある長野県須坂市でブドウ栽培を開始し、2010年に楠わいなりー株式会社を設立。世界ワインコンクールで最高賞でもある金賞を受賞するなど、質の高いワインを数多く生み出し〈マスター・オブ・ワイン協会〉主催のイベントにゲストとして招待されるなど、国内外で高い評価を受けています。

 

▲アデレード大学/キャンパス 

 

 

楠わいなりー最大のこだわりはブドウの仕立て方にあるといいます。楠さんは栽培するすべてのブドウ品種で〈スマートダイソン〉という仕立て方を採用しています。

ブドウはツル科の植物のため、人為的に調節しないとどこまでも伸びていってしまいます。そのため、芽の数を調節したり、伸びた茎を剪定する必要があります。仕立て方は、そういった調節の前段階にあたるもので、ブドウの樹の大枠の形を決めるものです。

日本では棚栽培(ぺゴラ)という栽培方法が一般的ですが、世界的には垣根栽培とブッシュと呼ばれる栽培方法が一般的とされています。その土地の気候に合った適切な栽培方法や仕立て方があるため、栽培者はそれらを考慮して選択しなければなりません。

 

▲楠わいなりーの実際の畑(2021/2月末撮影)

 

また、樹の成長度合いを表す樹勢によって、ブドウの収量や質が変わってきます。日本は雨が多く樹勢が強くなりやすいのですが、樹勢が弱い方が良いブドウが取れるので、樹勢をコントロールする必要があり、そのために〈スマートダイソン〉を採用しているのだそうです。どのような仕立て方なのかというと、フルーティングワイヤを地上120センチ程に取り、新梢を1本ずつ上下に向ける方法が〈スマートダイソンです。(写真参照)

樹が持っているエネルギーに対する適正な芽の数を維持するため、新芽を欠くかわりに枝を下向きにするのがポイントで、樹勢を抑えるには下向きに新梢を伸ばすようにすると良いのだそうです。

 

 

また、良いブドウをつくるためには、仕立て方だけではなく光合成が重要と言われていて、ブドウの樹の前に立って、その向こう側にいる人が見えるくらいの葉の密度が理想的なんだとか。データで表すと針金を葉の向こう側まで通した時、1.5枚の葉が針金に刺さる程度が良いと専門書に書かれています。

アルコールの元となる糖分は光合成により作られるので、良いブドウを収穫するためにいかに効率的に葉に太陽を当てられるかという点も考慮されているそうです。

 

 

楠さんは、国内だけではなく海外の文献も参考にしながら、高品質で良いブドウをつくるために何が必要かを常に考えられていました。「ワインを造りたいという気持ちが一時的な気の迷いだとしたら、壁があった時に諦めてしまう」と思ったといいますが、楠さんが長い時間をかけて考え抜いて進んだワイン造りへの道、そして、ワイン造りに懸ける想いは、決して一時的なものではなく、本物なんだと感じました。

 

 

 

このブログとともに、楠さんが手掛けるワインを楽しんでいただけたら幸いです。

▼楠わいなりーワイン一覧

https://nagano-wine-shop.jp/collections/kusunoki-winery

 

今回も、最後までお付き合いいただきありがとうございました!

NAGANO WINE SHOP

宮下 綾